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イエスキリストの誕生を祝うキリスト教の記念日。基督誕辰日、イエス大祝日、クリスマスなどと呼ばれる。復活節といっしょにキリスト教の一番重要な名節の一つである。イエスがいつ生まれたのかその正確な日は分からないが、現代のキリスと教では12月25日をイエス誕生日として記念している。
しかし今もアルメニア教会では、1月6日をクリスマスにしているという。12月25日を聖誕日にしたのは、西邦教会では4世紀中期で、東那教会では5世紀末期と推定されている。
この日を聖誕日に決めたわけは明確でないが、ローマで冬至に行われた祭りと緊密な関係を持持っているのではないかと見ている学者が多い。本来ローマでは、一日の日が一番短くなってから再び長くなり始める冬至を基点にして、農耕の神であるサトルン(Saturn)と太陽神であるミットラ(Mitra)を崇拝する祭りが行われた。ところが、コンスタンティヌス皇帝がキリスト教を国教化した後、ローマの教会は伝統的な祝祭日をキリストの誕生日と同一視して、多くの人々をキリスト教
に引き入れようとした。
当時ミトラ崇拝とサトルナリア(Saturnalia)が、広範囲の大衆に影響を及ぼしていた為、その風習を抑圧しないで同化させる方法を使った。太陽の再誕生に比喩し「世の光」であるイエスの誕生を広く知らせようとしたのだ。イエスが十字架にかけられた日を3月25日に決め、一つの狂いもない完璧なイエスからみて、受胎も3月25日に行われたと考えられる。この計算によると、イエスの生まれは12月25日になるしかないわけた。
この日は12世紀に入って、ヨーロッパで一番重要な祭日となり、15・6世紀にはイエスの誕生をモデルに数多の芸術作品が登場することにより、広く大衆化されるようになった。しかし、宗教改革が起きた後清教徒及びカルバン教徒たちに異教徒の風習だと排斥され、またクロムウェル治下のイギリスでは、この日祭儀行うことすら法で禁止し、家で休むことさえ禁止された。このような伝統がアメリカのニューイングランド地方にも影響を及ぼし、1856年以前までは法廷公休日として認められなかった。でも、贈り物を交わすことは続けられ、19世紀に入ってはクリスマスツリーを飾ることやクリスマスカードを送ることが定着しはじめた。この時期アメリカなどでザンタクロース(Santa
Claus)が贈り物を送ってくれる人の象徴となったのである。 |