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第88回関東大震災殉難同胞追念式 (2011.9.1)
 
 

 

今から88年前のことである。1923年9月1日午前11時58分44秒、マグニチュード7・9の大激震が関東一帯を襲った。火を多用していた昼時だったこともあり、各所で大火災が発生した。関東地方の被災地は大混乱に陥った。
 この関東大震災発生直後から「朝鮮人が暴動を起こした」「井戸に毒を投げ込んだ」「火災の原因が朝鮮人の放火に依るものだ」などの流言蜚語が震災地に広がり、政府の毛戒厳令と共に市内では、軍、警察及び青年団、在郷軍人会などが中心に自警団を作り、数多くの韓国人を虐殺する「韓国人大虐殺」が起こった。
 この事件で虐殺された韓国人の人数は、6000名以上と言われている。88年を経た今日においても、これらの大震災かに起こった忌まわしい諸事件の全容は明らかにされていない。
 日本国の卑劣な権力により犯行はひた隠しにされ、証拠は念入りに消し去られ、事件に関する調査・報道には様々な圧力が加えられ隠蔽されたからである。
 当時の治安担当部署の重責にあった内務大臣・水野錬太郎、内務省警保局長・後藤文夫、警視総監・赤池濃らの3人は、震災後の社会の大混乱による民衆の不満の矛先が日本政府に向けられることを最も恐れた。食糧大暴動などを未然に抑える口実として、韓国人暴動という流言蜚語を広げ、戒厳令を発布し、軍・警察を動かし朝鮮人虐殺を正当化したのである。
 当時は日本では朝鮮人を「不逞鮮人」、中国人を「匪賊」と呼び弾圧行為を行った。当時、朝鮮総督府の政務総監、警保局長をそれぞれ務めた水野と赤池は、日本の植民地支配に抵抗し権力にも屈しないで独立運動を展開してきた韓国人に対し強い警戒心と侮蔑心を持っていたと思われる。これは赤池総監の「余は其瞬間に一部の不逞鮮人は必ず不穏計画や暴挙を行うだろうが、…」と記した手記を見てもわかるだろう。


 日本の役所には「韓国人暴動」の通達が流され、「韓国人は敵」と信じ込ませた自警団は、各所で虐殺に手を染め、これに加え、一部の軍、警察が民衆の面前でも殺戮を行ったのだ。後日、日本当局は「虐殺者は民衆が行ったもので、軍はそれを鎮圧した側だ」と一切の責任を「自警団」に転嫁した。後日この件において裁判でも軍の関係者は誰一人処罰された人はいない。
 当時、韓国人虐殺に直接加わったとする警官は、「惨殺状況はとても言葉では表現できない。幼い子供たちに列を組ませて両親の目の前で首を切り、その後で両親も刺殺した。生き残った朝鮮人の腕を鋸で切る者もいた。それも途中でやめ、また別の朝鮮人に鋸をひく残酷さは見ていられなかった。死んだ人間の目玉を包丁で抉り出す者もいた。警察署構内は血の海となり、長靴を履かなければ歩けない状況であった」と証言した。
 また、荒川の旧四つ木橋付近の河川敷では、軍によって数百名もの朝鮮人が機関銃で虐殺され、そのまま土に埋められたとの目撃証言もある。こうした惨劇は、東京西部、千葉、神奈川、埼玉の各地で起こったという。
 一方、その騒乱の最中、韓国人を命懸けで守った日本人もいた。暴走化した自警団はかくまった人にも凶器の刃を向けたからである。中でも鶴見警察署の署長・大川常吉は「どこの国の人だろうと、人の命に変わりはない。人の命を守るのが私の任務」と韓国人約300名を警察署内に保護した。これをした1000名もの群衆が警察に押し掛け、引き渡しを要求した。「朝鮮人を殺せ!」「朝鮮人の味方にする警察を叩き潰せ!」と迫る暴走に大川署長は、大手を広げ立ちはだかり「朝鮮人を殺す前にこの大川を殺せ」と大喝し、暴走を鎮静化させ300余名の命を救ったという。


朝鮮人であるということだけで、殺されていた人々の無念さはいかばかりか。朝鮮人虐殺での軍・警察の関与は明らかな国の関与である。今日、日本は歴史教科書の歪曲し、このような事実を隠蔽し、当時の戦争を東南アジアの解放のためなどと美化しようする一部の勢力を擁護する動きまである。
韓日強制併合から100年が過ぎ、韓国の李明博大統領は新しい100年を共に創っていくことを呼びかけた。私たちは、過去を揉み消すことはできない。間違った過去を教訓に今後同じ過ちを犯さないようしなければならない。
我々、東京の在日同胞は、この事件により亡くなった方々を追悼し、またこの事実を後世に語り継ぐため、毎年9月1日に「関東大震災殉難同胞追念式」を催している。89周年を迎える本年も韓国中央会館において行う予定だ。
東日本大震災から年が変わろうとしている。未だ震災地の復興の目処は立っていない。民団は居住国である日本の地域住民として共生共存の理念のもと、地域復興のため今も支援活動を展開している。


 
 
   
 
   
   
 
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