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●郷土予備軍の日(4月初土曜日) |
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凡国民的な安保意識と郷土愛を通じた地域単位の防衛体制の確立つるため設立。 |
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1968年4月1日に創設、1970年2月4日に4月最初の土曜日を「郷土予備軍の日」と指定。 |
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●保健の日(4月7日) |
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国民の保健意識の向上。保健医療福祉分野の従事者の激励。 |
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1953年3月4日に、4月7日を「世界保健の日」と指定(国務会議で議決)。1973年3月30日に「ら病の日」・「世界保健の日」・「口腔の日」・「国際看護婦の日」・「世界赤十字の日」・「耳の日」・「薬の日」・「目の日」を“各種記念日などに関する規定”により「保健の日」に統合した。 |
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●臨時政府樹立の日(4月13日) |
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大韓民国臨時政府は3・1独立運動の崇高たる精神を継承し、日帝に奪われた国権を取り戻すため、海外に樹立した最初の民主共和制の政府である。3権分立制度の採択。外交活動、義烈闘争、教育・文化活動、光復軍創設など27年間韓民族の精神的支柱として希望を与えてくれた。 |
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大韓民国臨時政府の法統と正統性を確立し、先烈の崇高なる独立精神を国民の愛国心として昇華させ、民族の自矜心を高めて、独立運動史を通した民族共同体の意識を涵養、また統一基盤造成に寄与するため、1989年12月30日に政府記念日として定め、1990年度から政府記念行事として行われた。 |
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●4・19革命記念日(4月19日) |
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4・19民主革命は、自由民主主義の守護のため、独裁政権の不義に抗拒し蹶起した光復後最初の市民革命である。4・19理念を継承・発展させ、正義たる社会を造成し、民主国家の建設を具現する目的で、1973年3月30日に政府記念日として定めて、国家報勳処主管で行事が行われた。 |
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〈革命展開過程〉 |
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1960年2月28日、自由党政権の3.15不正選挙画策を糾弾する2.28大丘学生義挙 |
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1960年3月15日、同じく3.15不正選挙を糾弾する馬山市民の義挙 |
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1960年4月11日、馬山市民義挙時警察の発砲によって、死亡した学生金ジュヨルの死体発見により、糾弾運動は全国的に展開される |
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1960年4月18日、高麗大学生たちの拘束された学生の釈放と学院の自由を要求する運動展開。高麗大生の被襲事件発生により、全国的に国民の憤怒爆発 |
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1960年4月19日、全国各地で国民蹶起 |
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1960年4月25日、自由党政権が終わる |
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写真提供 |
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●障碍人の日(4月20日) |
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障碍人に対する理解と障碍人の再活意欲を高趣し福祉増進の契機にする目的で指定。 |
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1970年国際再活協会理事会でこの年を「再活10年」に定め、各国に再活の日を指定・記念することを勧告。1972年4月11日、韓国障碍人再活協会理事会で、4月中統計的に雨が降らない4月20日を「再活の日」として指定・行事を行った。 |
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1981年を「世界障碍人の日」として指定(国連) |
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1981年4月20日、保健社会部でこの日を「第1回障碍人の日」と定め記念。1989年12月30日障碍人福祉法第43条に“障碍人の日”指定に関する根拠を設け、施行令第36条に4月20日を「障碍人の日」と指定。 |
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●科学の日(4月21日) |
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科学技術に対する国民の認識提高と科学技術の確信雰囲気を拡散させ国家競争力を強化するため、1969年8月5日に科学技術庁の開庁日である4月21日を「科学の日」として指定(科学の日に関する規定、国務総理令)。1973年3月30日に世界気象の日(3月23日)を「科学の日」に統合(各種記念日に関する規定)。 |
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●情報通信の日(4月22日) |
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情報通信の重要性を向上させ、情報通信事業の発展のため指定。 |
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1956年6月4日、郵征總局開設の祝賀会を行った日(1884年12月4日)を「逓信の日」として指定(逓信府訓令)。 |
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1967年11月27日、5月31日を「集配員の日」に指定 |
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1972年7月7日、高宗皇帝が郵征總局開設を命令した日(1884年4月22日)を「逓信の日」に改正(逓信府訓令) |
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1973年1月24日、集配員の日を「逓信の日」に統合(逓信府訓令) |
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1973年3月30日、「各種記念日に関する規定」により規定。1996年5月30日、「逓信の日」から「情報通信の日」に名称変更 |
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●忠武公誕辰日(4月28日) |
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李舜信忠武公の愛国偉勲を伝承し、民族自主精神の宣揚。1967年1月6日、4月28日を「李忠武公誕辰記念日」として各種記念日に関する規定により、1973年3月30日に指定。 |
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李舜信将軍は李王朝仁祖1年(1545年)に生まれ、宣祖31年(1598年)に54歳で殉国した。 |